2011年05月21日

株式会社講談社 元週刊現代編集長 元木昌彦さん

元木昌彦.png

PROFILE
1945年新潟生まれ。早稲田大学商学部卒業。70年講談社入社。
月刊『現代』、『週刊現代』を経て、『FRIDAY』、『週刊現代』編集長、
第一編集局長などを歴任。2006年講談社を退社し、「オーマイニュース日本版」編集長・社長となる。
現在、「オフィス元木」主宰。著書に『週刊誌編集長』『メディアを思う日々
新版 編集者の教室』など。


講談社に入社したきっかけとは。


当時、本当は光文社に入社しようと考えていました。しかし、就職活動の時に読売新聞と日にちが重なっていました。出版社を受けようとしたのは、偶然講談社があったから。あの頃の少年マガジンに掲載されていた「巨人の星」、「あしたのジョー」などには、熱狂して読んでいたものです。そういった漫画誌に興味があって、始めは志望していました。実は、光文社と講談社が姉妹会社ということも知らなかった。当時は、今と異なって、だいぶのんびりしていましたし、新卒を35人くらい採用していたんですよ。私が入社した時は、中途も含めて、かなり人数は多かったと思います。

最初の配属は、月刊現代でした。講談社は、総合出版社ということもあり、40近くの雑誌を制作していました。ちょうど、研修中に週刊誌、月刊現代に興味を持ち始め、新聞社にも入社しようと考えていたこともあったことから、ジャーナリズムに関わりたいとも考えていました。 


現在、取り組んでいる主な活動とは。


執筆活動をしていて、昔、講談社から『編集者の学校』というものを出版していたものを、リニューアルした『編集者の教室』というものを徳間書店から最近出版しました。それに「編集者の学校」というところで、若手の編集者を育てることもしていました。

これまでは、FRIDAYの編集長を2年、週刊現代の編集長を5年、インターネット「Web現代」、会社を辞めてからは、鳥越俊太郎さんから引き継いだオーマイ・ニュースの編集長をこれまでやってきました。一番面白かったのは、何といっても週刊現代でしたね。その場、その場の時代ものを扱ってきたということで大変楽しかったです。今では、週刊現代も30万部近くまで落ち込んでしまいましたが、私が編集長をしていた時は、週刊誌の時代が勢いのあった時代で、部数も最高で80万近かったと思います。


週刊誌を読む際に、心がけていることなどはありますか。


現在は、2つWebサイト(日刊サイゾーJ−CAST)でコラムを持っていて、毎週10冊以上の週刊誌を読んでいます。週刊誌は、元々読むことが好きでした。週刊誌の面白さというのは、編集長の個性が出るということです。同じ「週刊現代」でも私がやっていた元木週刊現代もあれば、今編集長をやっている鈴木章一週刊現代というものもある。新聞は、そういうことはない。編集局長が変わったからって、紙面ががらっと変わることはまずありえない。嫌な言い方にはなりますが、雑誌は編集長が全ての主導権を握るという言い方もできるでしょう。そこに面白さがある。読者としては、同じ題材を扱ったとしても切り口、タイトルが違ってくるし、雑誌を読むときに、この編集長はこの問題をこう捉えているのか、ここが他誌と違うのか、そういった部分に面白さを感じることだと思います。


編集者の魅力とは何でしょうか。


まず編集者の大事なことは、人に会うことが好きで、そういったところから人脈を広げていくこと。取材とは別に本当に、人にはよく会いました。そこがそもそもの醍醐味です。それに、編集者の仕事は、何でも仕事になるんですよ。例えば、新聞だと政治部があって、その中でも野党担当、与党担当など派閥がある。細分化されています。スポーツにしても同じことが言えます。
その分、雑誌の場合は、何でも取り扱える。午前中に政治家と会って、午後に芸能人、夜に落語家に会ってご飯を食べたりして。様々な業界の人間に会って、それが全部仕事になる。音楽が好きだったら、アーティストにあって、そこからアイディアが生まれたら、企画にすればいい。そういう意味で、大変魅力的な仕事です。


出版業界の現状について、どう捉えていますか。


今では、出版不況ということで、ずっと売上が落ちてきている。しかし、読者離れが起きているわけでは決してないです。インターネット、携帯などが普及していったが為に、本を読む時間が奪われていく。24時間と限られた中で、読書の低下というのは、これから先十分に考えられます。しかし、一方で、本とは別に活字自体は、インターネットの普及により今よりも遥かに読んでいると思います。雑誌はもちろん、新聞も読んでいる人は、今ではかなり減少してきています。

私が懸念しているのは、そういった本や新聞を読んでいなかった人が、これからメディア業界に入っていくことです。ネットに市場が全て奪われていくことはないですが、そもそも雑誌や新聞に親しんでいない人が、これから担っていくとなると心配です。私たちは、活字が大好きで、活字で育ってきたから、何も違和感はない。本だってたまにしか読まない、新聞も読まない人では、この先、業界として成り立っていくのか維持していくのが大変厳しいでしょう。今と昔で、異なっているのは、原稿が手書きからPCになっただけで、そういった心構えの部分を心配しています。彼らが、業界に入っていたときに、何かが変わって行くのか、それとも何も変わらないのか、違和感を持って、入社して辞めたりしなければ良いですが。


電子書籍といった取り組みについてはどのようにお考えですか。


10年以上前からそういったことが言われてはいますが、出版社からしてみれば流通が増えることで、決して悪いことではないと思います。電子版で売っていても、紙の本も売れるといった相乗作用もある。デバイスがこれから更に増えていけば、本の売上が落ちていくことは絶対ありません。
将来的には、電子版が紙を追い抜くこともあるわけですが、とはいえ文庫本の使い勝手の良さ、これを超えるものが出てこない限り、本当の意味で紙を超えることは言えない。いくらiPadが普及したからといって、本をデバイスで相当の量を読むといった人は、それほど多くはいない。Kindle、Readerなども文庫本と比べれば、まだまだでしょう。

私はよく学生に、ネットの情報を知ったからと言って、物事の本質を知るといったことにはならないと言っています。ネットにある情報というのは、基本的に、紙媒体からの情報も多くある。ベースは、やはり新聞、雑誌だと思います。情報がタダで入手できるから、それを買わないというのは本末転倒であって、今以上に経営が厳しくなれば、知る権利も狭められ、読者自身の首を絞める結果になっていく。雑誌も、この何年間でどれだけ無くなってきたか。雑誌が休刊すると、その雑誌特有の情報が消えてしまうということになる。今まで簡単に知り得た情報が、手に入らなくなってしまう。どこを探しても見つからなくなる。そういったことをこれから考える必要があると思います。月刊現代が休刊したことで、ノンフィクションライターの書く場を無くす、雑誌一つ消えただけで、書き手は、減収も考えられ、窮地にも立たされる。

これからはもっと受け手(読者)がしっかり考えていかなければならない時代でもあります。今ある情報をなるべく少なくせず、皆で有効に使うツールとしてインターネットがある。情報は活字から始まっていく。基本的な情報の流れを無視して、今あるものを全て無料で見て、済ます。そういった情報の流れに、私は危惧しています。作り手はもちろん、受け手が、これから情報をどうやって受け止めていくか、考えてもらいたいです。


これからの目標・ビジョンを教えてください。

1970年に講談社に入社してから、退社はしていますが、今年で丁度40年経ちます。これまで、本当に様々な出来事、事件もありました。自分が関わってきた出版、雑誌界の歴史を書くわけではありませんが、時代の証言者として、後世に残していきたいという想いはあります。

編集者の仕事は職人に似ているもので、例えば、文芸担当に配属され、作家の担当が交代するといったことはあるものの、自分の仕事自体そのものを次の人にバトンタッチしていくということはありません。編集の技術を伝えることはなかなか難しいことです。そのためにも、これから活字を使って、何か残して生きたい若者のために、「編集者の学校」というもの開いています。自分の経験した40年間で、そこから学べたことを後世に伝えていく義務のようなものも感じて、取り組んでいます。


学生に向けてメッセージをお願いします。


今の学生はクールで、勉強もできる人はたくさんいる。一方で何かに感動したり、熱くなるといった人が少ないという印象も受けます。編集の仕事でも、「何かに感動する」、「誰かに伝えたくなる」その想いが強ければ強いほど、編集者にとっては、とても良いのです。どこかの催しものに行って、その感動を誌面に掲載して、読者に届けたい。感動したことを、自分だけに留めておくことなく、いろんな人に感動を伝えていく必要があると思います。
今は昔と異なって、何でも揃っており、バイトをすればお金も手に入るから、驚くこと、感動することは、だいぶ薄れていると思います。驚くこと感動すること感性を磨くことを大切にしていってください。自分のブログで伝えることでも良いと思います。がんばってください。


posted by 山下直人 at 01:20| Comment(3) | Pod cast | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月17日

株式会社電通 馬場俊輔さん vol.1

馬場俊輔さん@shunsukee
株式会社 電通


馬場俊輔さん.png

デジタル•ビジネス局ではどういった仕事をされているのでしょうか。


主にデジタルに関した広告•企画をやっています。iPhone、iPad、Androidなどのデジタルデバイスを使って企業の課題解決、見た人が面白いと思ってもらえるクライアントの企画を考える仕事をしています。Web上のバナー広告で飛んだ先のクライアント側のホームページ製作なども行っています。


仕事をしている上で心がけていることはありますか。


最近思うようになったことが一つあります。入社一、二年目の時は、面白い企画は、消費者が「面白い」と思ってくれるものだけと考えていました。しかし実際は、一緒にやっているクライアントの方や社内の他のスタッフが見ても「これやりたいね。」と思える企画が本当にいい企画なのではないかと思っています。

例えば、今年あるクライアントさんとiPhoneアプリをいくつか作るプロジェクトをやるようになりました。クライアント側としても「これやりたいね。できるなら無料ランキングで上位を目指したい。」と言ってくれます。広告は、マスを扱っている仕事がメインだと思われがちですが、実際は個人の視点から友達、同僚に広がっていき、やがては多くの人に受け入られるのではないかと考えています。


仕事とは別に、先月11月25日にYahoo! JAPAN Internet Creative Award 2010 一般の部 バナー部門YahootterMan!
で見事に金賞を受賞されました。まずは感想を伺いたいと思います。


本当に嬉しかったですね。公募の作品は制約がなかったので、様々な角度から考えられますし、チームで協力して考えられたのは良かったです。金賞が受賞できましたし、なお嬉しかったです。


YahootterMan!はどういったコンセプトで作られたのでしょうか。


お題は、「Yahoo!のバナー広告を作る」というもので、サービス自体は何でも良かったです。そこでコンセプトは、「Yahoo!のサービスをたくさん出す」というものにしました。Yahoo!の一番の長所は、100以上ある様々な多くのサービスがあるところだと思ったからです。

僕がどうしてもやりたいと思ったことは、多くの知られていない便利なサービスをたくさん知らせることでした。Yahoo!側にとってもそれが一番のブランディングになるのではないかと考えました。ランダムでサービスを出しても仕方ないので着目したのが、twitterでした。twitterのIDを入れると自分のツイートから、キーワードを勝手に「YahootterMan!」が拾ってきて、たくさんのサービスからどれかオススメしてくれるというものです。自分の興味のあることとYahoo!のサービスをつなぐことができました。


苦労した点は何でしょうか。
またそれをどう乗り越えましたか?



システムに関して言えば、Yahoo!にはサービスがたくさんあるので、それをどう上手くサービスとつなげるかということでした。多くの人が割と同じ内容のツイートしていることに気づいたのです。「合コンしたい。」などの恋愛ネタを始め、「仕事疲れた。」、「腹減った。」といった類です。同じものばかりたくさん出てもつまらないので、何回やっても面白くなるように、ある程度、サービスの順位付けのような仕組みも作りました。


どう乗り越えたかは、地道に一つ一つ考えたことです。キャラクターもかわいくないといけないなと思って藤勝友侑也君(@fujikatsu)というクレイアニメイターの友人に粘土で実際に作ってもらうなど手伝ってもらいました。そういったスタッフを入れると全員で7、8人くらいの作業でした。仕事でもないのに、頑張ってサークルのように楽しんでできたのも乗り越えられた要因なのかもしれません。


他にも、先日行われた大変好評だった
学生マーケティングコンテスト(applim)のスタッフもやっていましたよね。



始まったのは、今年2010年の3月くらいで、僕の社会人友達の木下君(@kinoshitay)からソーシャルメディアを使ったマーケティングコンテストの運営協力を受けました。当時、発足時にいたメンバーは、たったの5人くらいです。代表の久野祐揮君(@yuki08595)、副代表の池田織央君(@orio_i)、会田武史君(@Takeshida5)でした。mixiアプリ、facebookなどソーシャルアプリを使って、企業の枠組みをなくして、良いと思えるものを考える。時流に乗っていますし、着眼点が良かったです。そのセンスが気に入り、ぜひ参加しようと思いました。


applimのスタッフをやってみて、実際はいかがでしたか。


学生スタッフの人は全員思っていることだと思いますが、僕自身、成長できたと思います。もちろん「applim」といった言葉すらありませんでしたからね。ただやっていく内に広告代理店、少なくともWeb関連の仕事をやっている人に「applimのスタッフやっています」と言うと、それだけで伝わるようになりました。

面白い例を一つ挙げると、最初「applim」のホームページを作った時に、Googleで調べると「もしかしてApple?」と表示されました。たしか一回目の終わりまでその状態が続きましたが、二回目の途中から「applim」と入力して最初に表示されるようになりましたね。関連のキーワードも出るようにもなり成長していく過程を半年で実感できました。


一回目に比べ、二回目には多くの協賛企業がついたのですが
何が要因だとお考えですか?



一回目の「applim」のコンテストが想像以上に反響が良かったからだと考えています。最初は、30人ほど呼んで会議室を一つ借りて行う規模のコンテストで良いと思っていました。結局、一回目は300人ほどで思った以上に大きくなり、イベントが成功したことでWebのメディアにも取り上げられました。その時、改めてメディアの偉大さを実感しましたね。新しく増えた協賛企業の方には、必ず一回目の評判がついて回ります。その結果、短時間で比較的協賛を得やすくなりました。


今後、第三回の予定はあるのですか。


今、スタッフと議論しています。「applim」自体は営利組織ではないので、「運営するスタッフとしても「コンテストをやることで意味がある」と思うことが僕は良い組織だと思っています。二回目も盛り上がり、三回目も協賛企業がついてくれるからといって、コンテストは行いません。やるならその理由をはっきりさせなければなりません。


メディアに関して伺います。
これからのインターネットの可能性についてどのようにお考えですか。



インターネットは、インフラだと思っています。僕自身、デジタル分野は仕事を始めてからで、元々ウェブそのものには詳しくありませんでした。マス広告は大好きでしたが。

自分がインターネットに接していて思うのが、インターネットを通して動画、音楽、静止画など何でも見られるようになると、各メディアの境目が無くなってくると思っています。昔は、紙、テレビなどメディア毎に異なっていましたが、今はデジタル化され、デバイスがどんどん普及しています。結局は、そこで何を見せたいか、中身を面白く見せることが今後必要になってくると思います。


現在これから流行るのではないかと考えていることはありますか?


去年、ロンドンに行く機会があってその時に、なぜか日本の古い文化が外人から見て面白がられました。食文化の寿司を始め、せんべいといった硬いお菓子は外国にはあまりないみたいで「ジャパニーズクール」と言われています。今でなくともロンドンで食べようと思えば、食べられたはずです。グローバル化が進み情報が様々な所に広がることで、文化そのものが均質化されているという考えがあります。一方で、これからは、逆に各地域の良さが際立つのではないかと考えています。

僕自身、最近気になっているのは「東京タワー」です。スカイツリーが出てきたことで過去の遺物のように思われています。しかし、東京の中心に立っているものとしては今でも非常に価値があります。今後はインターネットの拡大で、更にローカルのものが脚光を浴び、こういったことが更に加速化するのではないかと思います。情報革命の良さだと言えますね。


posted by 山下直人 at 19:08| Comment(8) | Pod cast | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

株式会社電通 馬場俊輔さん vol.2

馬場俊輔さん@shunsukee
株式会社 電通



学生時代に主に取り組んできたことは何でしょうか。

テニスサークル、ゼミに属していて、カラオケなどで遊んでいた普通の学生でしたね。就職活動の時に一言で言えなくて困る大学生です。ただ学部とは別に、大学の研究機関の「メディア・コミュニケーション研究所」に属していました。元々広告が好きだったこともあり、そこはメディアに興味のある人たちが集まっていました。電通、博報堂といった広告会社の講師の方が来て講義を行ったり、学生の内から広告に関する論文も書いたりしました。学園祭で、メディア関係の方を呼ぶ年もありましたね。


学生生活の時にやってきたことで、今の仕事に活きていることは何かありますか。


元々、学生の時からテレビドラマをかなり見ていたこともあり、テレビは好きでしたね。今はどのタレント、アイドルが流行っているのか、何か企画をする時にミーハーな気持ちが役に立っているのではないかと思います。よく広告代理店で働く人は、芸能人の人に会っているのではないかと誤解されていますが、実際はそんなことありません。


広告業界を目指した経緯について教えていただけますか。


一言で言うと、広告が面白いと思ったからです。今はもう無いのですが、高校生の時は「広告批評」という雑誌を読んでいました。今出版されている「宣伝会議」とは違い、広告のクリエイティブさを批評している冊子でした。それまで広告は目には入っていたものの、作品という形ではありませんでした。「広告批評」を読んでからは「なぜ、この広告はできたのか?」と考えるようになりましたね。一枚のポスターにもかかわらず多くの人が関わっている。ものすごく面白そうな世界だと思いました。それ以降、街の広告を見る度に、広告の仕事は面白いと感じる様になりました。


衝撃的だった、今でも忘れられない広告はありますか。


好きな広告を挙げるとキリがないですね。




カップヌードルの「hungry?」




「宇宙でのポカリスエット」




「そうだ京都、行こう。」


といった広告は好きです。ただ広告の力に圧倒されたのは、広告という枠を超えて、宇宙専用のカップヌードルを実際に作ってしまうといった壮大な夢を創り上げてしまうところだと思います。もちろん、企業が自社の商品を売るために大量のお金を投入するからこそできることです。企業に得がありつつも、見ている生活者や消費者にも「宇宙でカップ麺はすごいな」と思わせているところは広告の力だと思います。


馬場さんの今後の目標についてお聞かせください。


現在デジタルの部署にいて修行中です。最終的にはどのメディアを使うかは関係なく、人が見て面白い、良かったと思える企画を作れる人に早くなりたいです。

東畑幸多さん(@Thahaha)JAAA(社団法人 日本広告業協会)クリエイター•オブ•ザ•イヤーで受賞された方の話が、最近聞いた話でとても印象深かったです。その話の中で、東畑さんは「見た人に!(ビックリマーク)と♡(ハート)が残るようなものを作りたい」と言っていました。

広告は、まず見た人がびっくり驚くこと、はっと気づいてもらうことが使命だと思っています。僕自身も見た人にビックリマークとハートが残るようなものを作っていきたいです。ただ大きなことを掲げることも大切だとは思いますが、それに向かって一歩一歩地道に進んでいくことが重要だとも思います。


学生に向けてメッセージをお願いします。


一言で言うと、自分の気持ちに素直に生きていくことです。
人生は一回きりです。学生の時も、社会人として働く時も、休日の時も、全て人生における自分の時間だと思います。学生であれば、進んで授業を受けているわけです。そういった一つ一つの行動を含め、死ぬ前に、自分の時間の使い方はこれで良かったと思えたらその人は幸せだと思います。
 
広告業界に目指したい人がどれだけいるのかわかりませんが
もし目指している人がいたとしたら、好きなことをやっていればいいと思います。学校に行きたくなかったら行かなければいい。できるだけ他人に迷惑をかけない範囲で、自分の気持ちに素直に生きてみてください。





posted by 山下直人 at 18:38| Comment(0) | Pod cast | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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