PROFILE
1945年新潟生まれ。早稲田大学商学部卒業。70年講談社入社。
月刊『現代』、『週刊現代』を経て、『FRIDAY』、『週刊現代』編集長、
第一編集局長などを歴任。2006年講談社を退社し、「オーマイニュース日本版」編集長・社長となる。
現在、「オフィス元木」主宰。著書に『週刊誌編集長』『メディアを思う日々』
『新版 編集者の教室』など。
講談社に入社したきっかけとは。
当時、本当は光文社に入社しようと考えていました。しかし、就職活動の時に読売新聞と日にちが重なっていました。出版社を受けようとしたのは、偶然講談社があったから。あの頃の少年マガジンに掲載されていた「巨人の星」、「あしたのジョー」などには、熱狂して読んでいたものです。そういった漫画誌に興味があって、始めは志望していました。実は、光文社と講談社が姉妹会社ということも知らなかった。当時は、今と異なって、だいぶのんびりしていましたし、新卒を35人くらい採用していたんですよ。私が入社した時は、中途も含めて、かなり人数は多かったと思います。
最初の配属は、月刊現代でした。講談社は、総合出版社ということもあり、40近くの雑誌を制作していました。ちょうど、研修中に週刊誌、月刊現代に興味を持ち始め、新聞社にも入社しようと考えていたこともあったことから、ジャーナリズムに関わりたいとも考えていました。
現在、取り組んでいる主な活動とは。
執筆活動をしていて、昔、講談社から『編集者の学校』というものを出版していたものを、リニューアルした『編集者の教室』というものを徳間書店から最近出版しました。それに「編集者の学校」というところで、若手の編集者を育てることもしていました。
これまでは、FRIDAYの編集長を2年、週刊現代の編集長を5年、インターネット「Web現代」、会社を辞めてからは、鳥越俊太郎さんから引き継いだオーマイ・ニュースの編集長をこれまでやってきました。一番面白かったのは、何といっても週刊現代でしたね。その場、その場の時代ものを扱ってきたということで大変楽しかったです。今では、週刊現代も30万部近くまで落ち込んでしまいましたが、私が編集長をしていた時は、週刊誌の時代が勢いのあった時代で、部数も最高で80万近かったと思います。
週刊誌を読む際に、心がけていることなどはありますか。
現在は、2つWebサイト(日刊サイゾー、J−CAST)でコラムを持っていて、毎週10冊以上の週刊誌を読んでいます。週刊誌は、元々読むことが好きでした。週刊誌の面白さというのは、編集長の個性が出るということです。同じ「週刊現代」でも私がやっていた元木週刊現代もあれば、今編集長をやっている鈴木章一週刊現代というものもある。新聞は、そういうことはない。編集局長が変わったからって、紙面ががらっと変わることはまずありえない。嫌な言い方にはなりますが、雑誌は編集長が全ての主導権を握るという言い方もできるでしょう。そこに面白さがある。読者としては、同じ題材を扱ったとしても切り口、タイトルが違ってくるし、雑誌を読むときに、この編集長はこの問題をこう捉えているのか、ここが他誌と違うのか、そういった部分に面白さを感じることだと思います。
編集者の魅力とは何でしょうか。
まず編集者の大事なことは、人に会うことが好きで、そういったところから人脈を広げていくこと。取材とは別に本当に、人にはよく会いました。そこがそもそもの醍醐味です。それに、編集者の仕事は、何でも仕事になるんですよ。例えば、新聞だと政治部があって、その中でも野党担当、与党担当など派閥がある。細分化されています。スポーツにしても同じことが言えます。
その分、雑誌の場合は、何でも取り扱える。午前中に政治家と会って、午後に芸能人、夜に落語家に会ってご飯を食べたりして。様々な業界の人間に会って、それが全部仕事になる。音楽が好きだったら、アーティストにあって、そこからアイディアが生まれたら、企画にすればいい。そういう意味で、大変魅力的な仕事です。
出版業界の現状について、どう捉えていますか。
今では、出版不況ということで、ずっと売上が落ちてきている。しかし、読者離れが起きているわけでは決してないです。インターネット、携帯などが普及していったが為に、本を読む時間が奪われていく。24時間と限られた中で、読書の低下というのは、これから先十分に考えられます。しかし、一方で、本とは別に活字自体は、インターネットの普及により今よりも遥かに読んでいると思います。雑誌はもちろん、新聞も読んでいる人は、今ではかなり減少してきています。
私が懸念しているのは、そういった本や新聞を読んでいなかった人が、これからメディア業界に入っていくことです。ネットに市場が全て奪われていくことはないですが、そもそも雑誌や新聞に親しんでいない人が、これから担っていくとなると心配です。私たちは、活字が大好きで、活字で育ってきたから、何も違和感はない。本だってたまにしか読まない、新聞も読まない人では、この先、業界として成り立っていくのか維持していくのが大変厳しいでしょう。今と昔で、異なっているのは、原稿が手書きからPCになっただけで、そういった心構えの部分を心配しています。彼らが、業界に入っていたときに、何かが変わって行くのか、それとも何も変わらないのか、違和感を持って、入社して辞めたりしなければ良いですが。
電子書籍といった取り組みについてはどのようにお考えですか。
10年以上前からそういったことが言われてはいますが、出版社からしてみれば流通が増えることで、決して悪いことではないと思います。電子版で売っていても、紙の本も売れるといった相乗作用もある。デバイスがこれから更に増えていけば、本の売上が落ちていくことは絶対ありません。
将来的には、電子版が紙を追い抜くこともあるわけですが、とはいえ文庫本の使い勝手の良さ、これを超えるものが出てこない限り、本当の意味で紙を超えることは言えない。いくらiPadが普及したからといって、本をデバイスで相当の量を読むといった人は、それほど多くはいない。Kindle、Readerなども文庫本と比べれば、まだまだでしょう。
私はよく学生に、ネットの情報を知ったからと言って、物事の本質を知るといったことにはならないと言っています。ネットにある情報というのは、基本的に、紙媒体からの情報も多くある。ベースは、やはり新聞、雑誌だと思います。情報がタダで入手できるから、それを買わないというのは本末転倒であって、今以上に経営が厳しくなれば、知る権利も狭められ、読者自身の首を絞める結果になっていく。雑誌も、この何年間でどれだけ無くなってきたか。雑誌が休刊すると、その雑誌特有の情報が消えてしまうということになる。今まで簡単に知り得た情報が、手に入らなくなってしまう。どこを探しても見つからなくなる。そういったことをこれから考える必要があると思います。月刊現代が休刊したことで、ノンフィクションライターの書く場を無くす、雑誌一つ消えただけで、書き手は、減収も考えられ、窮地にも立たされる。
これからはもっと受け手(読者)がしっかり考えていかなければならない時代でもあります。今ある情報をなるべく少なくせず、皆で有効に使うツールとしてインターネットがある。情報は活字から始まっていく。基本的な情報の流れを無視して、今あるものを全て無料で見て、済ます。そういった情報の流れに、私は危惧しています。作り手はもちろん、受け手が、これから情報をどうやって受け止めていくか、考えてもらいたいです。
これからの目標・ビジョンを教えてください。
1970年に講談社に入社してから、退社はしていますが、今年で丁度40年経ちます。これまで、本当に様々な出来事、事件もありました。自分が関わってきた出版、雑誌界の歴史を書くわけではありませんが、時代の証言者として、後世に残していきたいという想いはあります。
編集者の仕事は職人に似ているもので、例えば、文芸担当に配属され、作家の担当が交代するといったことはあるものの、自分の仕事自体そのものを次の人にバトンタッチしていくということはありません。編集の技術を伝えることはなかなか難しいことです。そのためにも、これから活字を使って、何か残して生きたい若者のために、「編集者の学校」というもの開いています。自分の経験した40年間で、そこから学べたことを後世に伝えていく義務のようなものも感じて、取り組んでいます。
学生に向けてメッセージをお願いします。
今の学生はクールで、勉強もできる人はたくさんいる。一方で何かに感動したり、熱くなるといった人が少ないという印象も受けます。編集の仕事でも、「何かに感動する」、「誰かに伝えたくなる」その想いが強ければ強いほど、編集者にとっては、とても良いのです。どこかの催しものに行って、その感動を誌面に掲載して、読者に届けたい。感動したことを、自分だけに留めておくことなく、いろんな人に感動を伝えていく必要があると思います。
今は昔と異なって、何でも揃っており、バイトをすればお金も手に入るから、驚くこと、感動することは、だいぶ薄れていると思います。驚くこと、感動すること、感性を磨くことを大切にしていってください。自分のブログで伝えることでも良いと思います。がんばってください。

